モーター大手のニデックは9月30日、2026年3月期決算において約6,321億円の減損損失を計上したと発表しました。そして、その巨額の減損損失を計上した2026年3月期の連結財務諸表において、監査法人による監査意見はふたたび「不表明」でした。

ニデックの緊急記者会見に同席した監査法人の代表執行役(兼PwC Japanグループ代表 CEO)は、「連結財務諸表について意見を表明するための十分かつ適切な監査証拠を入手できなかった」ことにより監査意見を表明しないと説明するとともに「監査意見を提出するという責務を全うしたい」と述べました。
この減損損失と意見不表明の経緯だけを見れば、経営者がもっとも責めを負わざるを得ないことは否定できませんが、はたしてそれで済まされる問題なのでしょうか。

私は、この異例とも言える、監査法人同席による会社記者会見を見たときに、小さなある違和感を持ちました。
約6,321億円規模にのぼる減損処理について、たとえ経営者が主導して隠匿したとしても、監査法人がその可能性を見つけられなかったことへの違和感です。

本来、今回事案のような大規模な減損処理の放置・隠匿は、企業の純資産や損益を揺るがす甚大な影響を及ぼすため、監査において特に重要な検討事項となり得る領域です。実際、固定資産の減損は、将来キャッシュ・フローなど経営者の重要な判断を伴うことから、KAM(監査上の主要な検討事項)として取り上げられることもあります。

経営陣が恣意的に隠匿を試みたとしても、なぜ監査手続や会計基準のフレームワークをすり抜けてしまったのかについて、私なりに考えてみました。

1. 監査法人が見抜けなかった背景

① 減損テストにおける見逃し

減損の兆候判断や減損テスト(将来キャッシュ・フローの予測)は、経営陣が作成する「中期経営計画」や「事業見通し」を前提として実施されます。

私も過去、経理現場において、減損テストの実施内容を監査法人に説明する立場にいたのでよくわかります。
事業を推進している現場が、「これは一時的な不振で、来期以降は急回復する」というような強気な前提で作成した場合、監査人がそれを「合理的でない」と論破するのはなかなか容易ではありません。

② 「経営者・組織ぐるみ」の隠匿と虚偽説明

公表された第三者委員会の報告等でも指摘されていますが、監査人に対する不誠実な対応、虚偽説明、証拠書類の隠匿・偽造が組織的に行われていた場合、標準的な会計監査手続(サンプリング検査や経営者質問など)では限界が生じます。

会計監査は強制捜査のような権限を持つものではないため、提示された文書やシステムデータについて、その真正性に疑義があることを示す具体的な兆候がなければ、それを前提として手続を進めざるを得ない側面があります。

また、会社と監査法人の間には委任・受任関係があるため、監査人が会社側と緊張感のある関係を保ちながら、会社のそうした不誠実な対応に対して監査人がどこまで踏み込んだ検証を行えるかという問題もありました。

③ M&A主導型成長と「のれん」の評価遅れ

ニデックのようにM&Aで拡大してきた企業では、買収時の期待(シナジー効果)が高く見積もられる傾向にもあります。

買収直後の事業計画未達に対して、経営陣から「シナジーの発現には時間がかかる」「一時的な外部要因(為替や部材高騰など)」と説明されると、監査人も反証できるだけのデータがない限り、様子を見る判断に傾いて、1~2年は減損を見送ってしまうこともありえます。
経営陣が将来キャッシュ・フローの算定期間の後半に極端な利益回復シナリオを盛り込む、いわゆるヘビーテール型のキャッシュ・フロー計画を策定した場合、減損の認識自体を回避・先送りすることが実務上容易になってしまう余地もあります。

2. 違和感の正体

監査人は「会社側が提示した割引率や事業計画の前提」等を検証しますが、将来の市場成長予測やマーケットリスクなどは不確定要素が多いため、経営陣が「業界予測に基づく合理的な計画だ」と主張し続けると、それを直ちに「誤り」と判断し、減損処理を求めることは容易ではありません。トップからの過度な利益至上主義・目標達成の圧力が背景にあり、社内では「負の遺産」を処理できない構造が作られ、監査人に対しては不誠実な説明や隠蔽が行われていたと指摘されています。そこに本事案の最大の問題があることは否定できません。

しかし、その一方で、第三者委員会の調査報告書によれば、監査法人が初めて「意見不表明」とした2025年3月期から遡ること7年前の2018年当時、ニデックの内部監査部門が作成した「負の遺産」の一覧表ドラフトが、PwC京都監査法人(現:PwC Japan有限責任監査法人)に提供されていました。

その一覧表には、2018年度第3四半期時点で、会計基準上直ちに処理が必要と考えられていた「負の遺産」が約63億円に上っていたことに加え、その中には、意図的な不正行為によって生じたことを否定できないものが相当数含まれていると整理されていたことが記載されていました。さらに、関連する特命監査の報告書もPwC京都に共有されていたとされています。この点については、ニデックが公表した第三者委員会の調査報告書に詳しく記載されています。
(出典:ニデック「第三者委員会の調査報告書の公表及び当社の対応に関するお知らせ」)

にもかかわらず、2018年度以降も監査法人による「無限定適正意見」が出され続け、2025年3月期に至って初めて「意見不表明」となりました。
前述したように、減損テストには構造的な制約があり、将来キャッシュ・フローの予測には一定の不確実性が伴います。しかし、それを考慮したとしても、今回の巨額の減損損失に繋がり得る問題の兆候が、少なくとも2018年当時にはすでに存在していたことは、監査の観点から看過できない事実ではないでしょうか。
ここで重要なのは、2018年時点で把握されていた約63億円の「負の遺産」が、そのまま今回の6,321億円の減損損失につながったのか、という単純な話ではありません。第三者委員会報告によれば、2018年当時に直ちに処理が必要とされたものについては同年度末までに会計処理が行われ、その年度に是正された不適切会計の影響額は約10億円とされています。

問題の核心は、2018年当時、会計基準上の処理が必要と考えられる「負の遺産」が把握され、その中には意図的な不正行為によって生じたことを否定できないものも相当数含まれており、その情報が監査法人にも提供されていたという事実です。

最も気になるのは、2018年から7年以上の監査プロセスを経ていながら、2026年3月になってようやく会社は追加の巨額減損損失の可能性(公表当時:約2,500億円規模)を公表します。そして最終的には6,321億円という巨額減損が計上されるに至るという不可解な経緯です。
IFRSでは、資産について減損の兆候が存在する場合、その兆候が解消されたと判断されるまでは、継続的に回収可能価額を見積もって減損の有無を検討することが求められています。また、のれんなどについては、減損の兆候の有無にかかわらず、少なくとも年1回の減損テストが求められています。

そうであるならば、2018年当時にこうした「負の遺産」が把握された後、その問題がその後の各四半期決算の減損テストにおいてどのように引き継がれ、減損の兆候や将来キャッシュ・フロー、回収可能価額がどのように検証されていたのか――という疑問が生じます。

もし本来あるべき監査プロセスにおいて、こうした減損リスクが毎年度適切に評価されていたのであれば、なぜ7年以上を経た2026年になって初めて巨額減損損失の可能性が公表される事態に至ったのでしょうか。

今回の問題は、単に「監査法人が不正を見抜けなかった」という一言で片付けられるものではないと思います。

むしろ問われるべきなのは、7年以上前から把握されていた資産の毀損の可能性に対して、監査法人が各年度監査においてどのようなリスク評価と監査手続を行い、減損リスクをどの時点で重大な問題として認識していたのかという点です。

こうした問題が2026年になって巨額減損として表面化したことを考えれば、「減損テストを含む監査手続の時間軸として本当に合理的だったのか」という疑問は、当然に生じるのではないでしょうか。
2025年7月の監査等委員会への報告等がなければ、今回のように広範な会計問題がここまで表面化していたのでしょうか。さらに考えれば、2025年7月の監査等委員会への報告や、その後の第三者委員会による調査がなければ、今回のような監査意見の不表明に至っていたのでしょうか――そんな疑問が湧いてきます。
今回の問題を考えるうえで、極めて重要な論点だと思います。

2018年当時から会計上の問題を抱える「負の遺産」が把握され、その情報が監査法人にも提供されていたにもかかわらず、最終的に7年以上を経て約6,321億円という巨額の減損損失の認識に至ったという事実――。
この長い時間軸そのものが、今回の問題の深刻さと、現在の会計監査制度が抱える限界を象徴しているように感じました。

今後は、監査法人側の監査対応やガバナンス監視のあり方についても、厳しく検証されることになるのではないでしょうか。

なぜならば、数千億円規模に及ぶ減損損失は、企業の純資産や損益を揺るがす甚大な影響を及ぼすものであり、その兆候や前提となる将来キャッシュ・フローの妥当性については、本来、監査人にとって極めて重要な検討事項となり得るからです。

3.感想

今回のニデックの問題は、単に「経営者が不正を行った」という一企業の問題だけでは終わらないように思います。

会計基準があり、監査法人が監査を行い、内部統制が整備されていても、それらが実際の企業活動の中でどのように機能していたのか。数字の裏側にある事業の実態まで踏み込んで検証できていたのか。これは、企業の経営者だけでなく、会計や監査に携わる者にとっても、決して他人事ではない問題です。

私自身、長年にわたり企業の経理・審査の現場に携わってきた経験があるからこそ、今回の問題を単なる「不正会計事件」としてではなく、「数字をどこまで信頼できるのか」という会計そのものの問題として考えてみたいと思っています。

そして、税理士として日々企業の数字に向き合う中でも、決算書に表れた数字だけを見るのではなく、その数字がどのような事業活動の結果として生まれたものなのかを考えることは大切だと感じています。

数字は、結果だけを見ても会社の実態をすべて語ってくれるわけではありません。その数字がどのように生まれ、何を意味しているのか。
そうしたことを経営者の方と一緒に考えながら、日々の税務・会計業務に向き合っていくことも、我々の役割の一つなのではないかと思います。

当事務所でも、税務申告や会計処理だけにとどまらず、決算書の数字を経営にどう生かしていくかという視点を大切にしています。

今回のニデックの問題をきっかけに、会社の数字について少しでも考える機会になれば幸いです。

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